ひっそりとSixTONESについて綴りたいブログ

SixTONES、なかでも髙地くんが好きです✨

X脱却を目指してみる。

度々イーロンマスクになってから、改悪が増えているX

 

今回の仕様変更は〜

ブロックの仕様が変わったり、イラスト乗せたらAI学習されるようになったり~

 

 

 

 

 

 

 

やりたい放題…\(^o^)/

呟きに、収益がついた時もお金のための発言ってなんか嫌だな〜とわざと注目浴びさせる発言とか絶対出てくるじゃん、イジメみたいな感じなったり副業目的が強くなって楽しめないのではと感じたのに

 

まだ改変するーーーー??



 

利益追求型といえばそうなんだけど、そもそもフェイクニュースとか誹謗中傷が溢れたカオス空間により拍車がかかるわけで。

 

お金の為なら何だっていい、みんなで一緒に咎めようクレームいれようみたいなデモ運動も増えそうで、すっごく嫌ダナーー。

 

 

少し前に、作品にキモいはありかなしか議論になってましたけれども。

あれって、どうなんでしょうね。凄く意見がわかれそうですよね。

 

作品だからOK.感想はいいとなるのか。

であれば、イジメなども感想の自由とかの判別が甘くなるのではないかとか。

たとえば、凄く拘りが強い作者さんにその作品キモいと言い続けて、作者の仕事を奪う行為になりかねない風潮になったり自殺しかけない暴論が飛んだりしないのか とか。

 

作りての自由を奪うのではないかとか。

繊細な人はそれで、才能も潰される可能性もありますし、そこに罪はないのかなどと考えたり。

ただ、もちろん言論の自由や感想の自由は各々持っても良いわけで、嫌いなら嫌いの自由もあるわけで…

 

って、考えると結局どれだけ議論しても、正しい答えの出ない問題にぶち当たるわけで、互いの歩み寄りが必要になってくるわけなんですけど、簡単に譲れないから喧嘩になるわけで…

 

そんな喧嘩が常に勃発している世界に、Xはなってしまいかねない懸念があるわけなんですよね。関わらない、理解できないものは見ないに限る、触らないに限るのに、無理やりおすすめ!と見せている感じ。

 

イーロンの目的からいうと、炎上目的の煽り投稿も増えるってわけで。

 

嫌だなー、今後もみんなのいらいらをおすすめとして見せられちゃうのは嫌だーー。

オススメ機能も、たまに凄い神がかかった面白い呟きもあって、Xやっていてよかったと思うこともあれば、かなり炎上目的としたイラっとさせる呟きも流れてくるわで、日本の未来を憂いたり。

 

その呟きを見たことにより、一日悩んだり落ち込んだりイライラする日もあって精神的に疲れるなーって感じることも、かなりありました。

 

私は決してバトルがやりたいわけじゃなくて、交流がしたいのに…。

まったり過ごしたいのに!!

楽しい交流に時間を費やしたいのに、イライラさせる相手を論破するのに貴重な時間を使う。そして、その時間はイーロンやイライラさせた相手の収益になるってのはちょっと、やるせなさすぎで…。

 

しばらくXから少し離れてオタ活できないか実践してみます。

圧倒的に情報量はXにあふれてますけど、交流もできて楽しいんですけど…

精神的に疲れちゃうのはあれなので…

 

少しだけ色々試してみます。

なんだかんだで数日したら戻っているかもしれないですけど…!

 

 

 

 

Come Blow Your Horn~ボクの独立宣言観に行きました…!

www.comeblowyourhorn2024.jp
髙地くんの舞台、昨日観覧行きましたー!

前回、初SixTONESライブレポを書こう書こうと意気込んで、見事に時間があいてしまいかけなくなったので、今回は絶対に書くぞ…という思いのままにとりあえず、全く内容決めてない段階で書き始めています。

書こうとすることが、大事…!

 

 今回の舞台チケットは取るまでが少し長い死闘がありました…。

今回の私のこのレポのサブタイトルをつけるなら、「油断・それは後悔」というタイトルがふさわしくなるはず。

今後の自分の教訓のためにも、あえて書きますが、人間油断は厳禁なもので…

 

 

まず、私が初めてFC名義から応募したのが去年の「星降る夜に出かけよう」でした。

関東住みなので、舞台は大阪までの初遠征・不安でしたが、それはもうドキドキのワクワクで凄く楽しかったです。

 

そして、自名義ちゃんは1度のみならず仕事してくれてVVSの初ライブまで当ててくれたんです。

VVSの生のライブ空気、ほんと痺れました。

 

そう、この2回の偶然当てたことにより私に油断が生まれたのです。

あれ…、私の名義ってもしかして、仕事しすぎじゃない?っと…。

もしかして、外れることのない無敵名義なのでは…、と。

そんなこと、あるわけないのに、その時の私は楽観的に考えていたのですーーーー。

 

 そんな心の余裕もあって、「今回の難関はズバリ大阪。公演数少ないし、西の人はそちらに集中するはず。

対して東京公演はいっぱいあったし、土日の公演日全部応募したらどれかFC枠だったら当たるでしょ」そんなふうに考えて…、結果、見事すべて落選…!!

 

瞬時に、脳内で聞こえてくる「あ~た人生そんな甘くないわよ」というデヴィ夫人の声。

しかし、楽観的な私は、諦めなかった。

「まだ次ので当たるでしょ、だって東京だもん。東京だよ?

東京いっぱいあったの、みたもん。ぴあとかいっぱい応募できるの知ってるもん」

そんな風に、たかを括りそして…。

 

ぴあで12公演

 

 

見事落選…!!

 

 

この時はぴあで応募。

ぴあは21公演申し込めたのですが、有給使うのもあれだし土日祝全部応募したら大丈夫でしょ、とたかを括り…

 

全落選。

 

この段階で、初めてちらつく。

あれ…私、もしかして今年舞台いけないじゃないかという危機感。←遅い

 

 

 時同じくして、今年はAぇグループの末澤くんの舞台もありました。

三銃士!

 

thethreemusketeers.jp

 

実は私、フィギュアスケーターのキャンデロロが大好きで、彼が踊った「三銃士」のプログラムがもうかっこよすぎて、あの気障ったらしいフランス感が大好きで、いつか原作お芝居見てやるー!と何年も前から思っていたんですね。

その念願の題材の舞台が今年たまたまきて…、しかもちょっと気になっているAぇグループの末澤くんが出ている。

ここにきて、もういっそ浮気してしまおうか…と揺れ始める心。

 

 

エヴァ風に語ると、
第壱話

 

 

 




髙地くんの舞台、一般チケット発売の1週間前にちょうど三銃士の一般もあったので、一般のチケットを取る予行練習をしておこうっと、当日携帯を持って挑みました。

 

チケット当日、そもそも、アクセスがずっと繋がらない。

つながったと思ったら、次のページでフリーズフリーズ。

 

そして、また振り出しに戻る。

それを繰り返していたら、全日程いつの間にか売り切れていました…。

 

少し取れたらいいなと思うものが本気の人間に勝てるわけがない…

このままじゃ、二兎追うもの一頭も得ず

全力でいかねば…。

 

この時点で、私は悟ったのです。

行ける日を希望して選択しては駄目。

もう有給を使って、とにかく平日を迷わずプッシュするところまでいかないと

一般チケ取得は、目についた平日を心を無にして、とりあえず色々考えることなく取らなくてはと…。

 

気づいたら、なくなってる…と。

 

この予行練習の成果もあり、無事に平日でチケット取得できました。

3度目の正直…!

 

(´;ω;`)ここまでこれたのは、慢心に負けつつもめげない心のお陰でした…。

取れなかったら、5年ほど友達への鉄板のネタに供養話となってました。

 

 

 

そんなわけで、昨日有給を使い舞台へ。

今回は2F席でした。

 

原作一切しらず、とりあえず内気な少年の役らしいということしか頭にない状態だったので初めて見た時、あ、あれ髙地くん?全然去年の星の王子さまじゃない…!ガラッと空気が違って役が生きている…!とついつい何度も双眼鏡覗いて確認してました。

 

ほんと、何様だ?と言われそうですが、凄い演技の進化を感じました。

長台詞といい、テンポといい動きも一瞬一瞬が生きている。

コロコロ表情も変わって可愛いぃぃぃ。

謎のダンディ風演技も可愛いーーーー。

 

空気感がアメリカの映画の言い回し、リズム空気なんですよね!

相手に言葉尻を投げかける会話のときも、日本の会話のトーンの入りではなくて、独特の…。日本の吹き替えのような音でやっている感じ?

 

例えば、「きみ」という単語ひとつすら、細かく見るとその音の高さを変えてその役柄、空気感を出しているように感じました。

 

演者さんたちのリズム感だったり、作り出す世界観が本物の生きた1コマで。

 

役柄もまるであて書きだったかのように、キャラにピタッとあっていて…

コミカルさもあり、陽気で楽しい舞台でした。

2幕なのに、場面展開なくアパートでずっとやっているのに飽きさせない作りがまた面白かったです。

もうチケットもないですが、何度も見たくなる舞台でした。

 

円盤化しないかなー。

 

なんだかザルなレポになってしまいましたが、今回はここまでで…

 

ではまた~

 

 

 

凄い便利な機能です…!っと、意気揚々に語るけどみんな知っているかもしれない機能

 こんにちは、にゃるものです。暑中お見舞申し上げます!

お暑い中、皆様如何お過ごしですか?

まだまだ暑い日が続きますので熱中症対策、忘れずにしていきましょう~…!

 

さて、私事ですが、最近図書館で本を借りたのでボチボチそれを読んでました。

今回借りた本は、「言葉のアップデート術」「言葉選びの作法」「文豪言葉さがし辞典」「あなたのための短歌集」それから、OneNote辞典×2冊。

 

今回借りてきた良かった本、なかなか自分好みであたりでした。

中でも一番のピカイチ本は、OneNote本。

OneNote、基本動作は大まかに使えていたんですけど、自分が知らないまだ見ぬマニアックな便利機能があるかもしれない~と思い今回借りてました。

 

もう5年以上普通にOneNote使っているし、ネットでも使い方をちょくちょく見ているのですがいざ調べると知らないことって結構あるわけでして。

今回、本書によってOneNoteに初めて、文字起こし機能がついていることを知りました。

 

 

このボタンです。

マイクボタン押せば勝手に文字を起こしてくれて、勝手に記録してくれるんです。

 

とりあえず時間がないけど喋っておいて、後で見返しておくか~。でも今はしっかりした言葉で作れないない、感情は残して置きたい!というときに残せるスグレモノ。

 

OneNoteは他にも、Twitterをそのままコピペして貼って記録も残せるし、とにかく振り返りができる。自分が振り返りたいことをいつでもあされる。

 

そして、もう一つ便利機能がトランススプリクト。

音声データをそのまま録音するので後から自分の声を聞き返せたり、文字起こしてくれます。そのまま音声&テキストデータ両方で振り返れちゃうんですね。

凄い、AT技術の進歩です。

 


本を読むのが好きなので、本の大事な部分はいつも忘れないようにメモしているんですけど、その時間ってまあまあ馬鹿にならないんですよね。下手したら丸一日潰れます。

ここ何年も本を片手に、ちまちまPCで大事なポイントを打ち込んでいたわけなんですど、これを覚えたことによって時間が節約できそうで、今後の推し活&執筆がより充実していきそうです><

ちなみに、以下私のOneNoteに入っていた適当なメモという名のダイイングメッセージをご紹介します。

 

太宰治
僕のために苦労することを嬉しいと思ってくれよ

僕の晩年は君に逢えて幸せだったよ

太宰と死を語り合った富江が気にしたのは、作家としての太宰の将来

関係が深まると太宰に作家として生きてほしいと願った
“僕の晩年は、君に逢えて幸せだったよ”

 

中原中也

中也は寂しがり屋で素直ではなかったが、心を許した友人には気持ちをまっすぐ表現することもあった。

 

これは誰にも見せない、あいつにも見せないんだけど、僕が死んだらあいつに読ませてあげたいんです。

普段の乱暴な言動と打って変わり、表現は一流だった。

 

お前の無邪気は罪だよ

別れたあとも靖子の旦那を気取る中也。

それに対し靖子はざくらんで誰とでも親しげな態度で接していたため相変わらず喧嘩は耐えなかった。

 

 

 

中也と小林と三角関係。』

 

梶井基次郎

宇野さんは僕より年上やが大変若く見えますよ。

僕の病気が悪くなって、もし死ぬようなことがあったら、僕の家にきてくれますか

 

そして、僕の手を握ってくれますか。』

 

これは、文豪たちの口説き本を読んでのメモです。

確か、人誑しなモテ男太宰治が、人生に絶望しながらも一人の女性に恋に落ちてしまい、心に闇を持った二人が落ちていく感じのことが本書には書いておりまして。

愛することの恐ろしさと、儚さや葛藤が混じった文章がいいな~と思いメモ。

 

 

中原中也の乱暴な正確なんだけど、意中の人には自分の恋心を伝えられず翻弄されるところが最高に可愛いなと。

中原中也泰子は一時期同棲までしていたものの、結局別れ。

しばらく距離をおいていたのに、また交流を復活させ喧嘩しながらも愛したという。でも恋人同士にはなってない関係性がまどろっこしくもどかしくて好き。

心を許した友人には、彼女に対する恋文を見せて「自分が死んだら見せてくれない」って言っているところが奥ゆかしすぎる。)

 

 

こんな感じで、自分が萌えたポイントばかり残しています。
ほぼ自己満、それがいい、それでいい。

メモが雑なダイイングメッセージすぎて、自分でもなんでこれ残していたんだろう?と謎が解けなくなることが多々あるのでこれからはもう少し、きちんとした言葉を紡いで記録として残していきたいです。

 

 

ついでに、これも昔メモしたもの。

正しい恨みの晴らし方。中野信子先生の本です。

 

『悲しい事があった、腹立たしかったなどの悲しみや怒りは気の置けない人に愚痴るなどして誰かにわかってもらうことで、鎮めたり和らげたりできる。

人生に深くかかわるものではない些細な出来事であれば、知らないうちに気にならなくなるもの。

しかし、それが恨みとなると話は別です。

口に出す事が憚られ、例え親しい友人でも共有することは難しいでしょう。

だからといって、恨みを抱え込み、ため込んだままにしておくのは危険です。

鬱積した感情が自分に向かうと精神的な健康を害し、他者を傷つけることがあります。

 

恨みとは、思い出し怒りに囚われた状態、もしくは怒りをもたらした出来事を反芻せずには得ない状態。

 

 

正しくないことをされた、という被害者意識こそが恨みの源になる。

自分のプライドを酷くて傷つけられるようなことをしてきた相手に怒り、その怒りがなかなか治らない時、恨みと人は呼ぶ。

 

自分ではどうにもならない状況に置かれると恨む。

気持ちの整理がつかなくなるからこそ、怒りが維持される。

 

恨みが晴らせない状態が続けば続くほど、それは経年変化し、シミのように消えにくくなります。

 

→そもそも恨みとは。

失われた自尊感情(プライドや自己評価)の回復が怒りの目的。

 

恨みを感じた後にも、傷ついたプライドを回復させるような行動を取りやすくなる。

その1つが、仕返し。

相手にも自分と同じ傷を負わせ、自分と同じ苦しみを味あわせてやりたいと思う。

→しかし、仕返しをしたからといって、傷ついたプライドや自己評価が元に戻るか?そもそも仕返しをしても相手が自分と同じような痛みを感じ、自分と同じような苦しい思いをするとは限らない。

 

仕返しではなく、見返しは自分を侮辱した相手に立派になった姿を見せつける行為で、プライドが回復がされるという報告がある。

自分が軽視した相手に認められなければ、傷ついたプライドが回復しないというのも考えもの。それは相手にも執着し、振り回されている状態から脱していない証でもある。

 

恨みの対象となっている当人は、恨まれている自覚に乏しい場合もある。

 

 

★仕返しの流儀★

見返すのが難しいのならば、残るは仕返ししかない。

仕返しは、報復や復讐などいろいろな表現で言い換えることができる。

すぐにやり返すのが報復、色々と計画を練ってやり返すのが復讐である。

 

※電気ショックによる報復実験※

自分を傷つけた行為が本人の意図によるものか、悪意があるかどうかを判断して、意図的なものならば報復する。そうでなかったら報復の手が緩む現象がある。

 

→わざと傷つけられたわけじゃないのに、それが故意的なものだと解釈すると恨みをうみ面倒なことになる。

 

☆メールの返信がない、いつまでも無視される

→相手の行為が自分に対するネガティブな思いや敵意に基づいて推測することを、敵意帰属と呼ぶ。

 

傷つけられると報復にせよ、復讐にせよ、なんらかの形で仕返しを願う。

不条理なことをされたという感覚や被害者意識意識が動機になっている。

 

☆集団間代理報復☆

自分の仲間がやられたら、その相手に仲間の仕返しをする。

自分の仕返しが仲間に伝わると知らされると、報復のモチベーションが高まる。

 

自分の仲間が傷つけられると、傷つけた相手と同じ集団に属する他者にやり返そうとし、自分の行為が仲間に見られるとわかればその傾向は高まる。

集団の一員であると同時に、仲間からの支持されたいという意識が私たちを仕返しへと駆り立てる。

 

★★シャーデンフロイデ(傷がついた喜びというドイツ語)

→日本語で言う『メシウマ。』

仇が自業自得である不幸になる様子を見たり読んだりして喜びを感じている。

恨みを晴らすことに拘ればこだわるほど、自らの責任で不幸に見舞われた人に喜びを感じやすくなる。

 

シャーデンフロイデの呼び水になっているのは、恨みやすい性格だけではない。

ただでさえ自信喪失気味の人がさらにプライドを傷つけられると、全然関係のない他人の不幸を喜ぶことで、自分が慰められるようになる。

恨みもまたプライドが傷つけられたことによって、生じます。

ですから恨みをもたらした傷も、それとは関係のない誰かのちょっとした不幸を見聞きすることによって、癒されるかもしれない。

 

 

SNSなどを見ることで、比べずに済んだことを比べて、妬まずにはいられなくなることもある。

 

妬みの本質。

妬みの中核には、自分より優れている人、自分が持っていないものを持っている人、自分より早く手に入れた人

私たちは自分にとって重要なものかどうかを判断し、それを持った他者を羨む。

自分より優れた能力や幸福を手にしている人を見て、公正でない、相応しくないと思うときに妬む。

良質的な妬み=羨ましい。

 

 

相手が持っているものを自分も手に入れられるかどうかを判断している。

言い換えれば、自分と相手との差がわずかだと感じれば感じるほど、妬みが強くなっている。競争できる見込みがある相手だからこそ、妬ましい。

 

妬みがからより頑張ろうとしたり、相手に助言を求めたりとポジティブな行動をするものは、中学生よりも小学生に多い。

何もしないでそのことを忘れるようにする、仕方ないと諦めるのといった回避的行動を取るのが中学生の方が多い。

 

妬むと努力するか、諦めるか、攻撃するかの3択。

 

良性的な妬みは自己を高めるきっかけになる。

相手の幸福が相応しいか、否かは言い換えれば他人の幸福が公正なものであるか否かという判断は主観的なものにならざるをえない。

 

妬みを感じるのは、自分にとって大切なもので、相手の方が優れている状況を察しているから。

その時点で自分の評価は相手よりも劣っていると認識され、プライドが傷つく。

こうしたプロセスを心理学では、上方比較と呼びます。

比較過程では自己評価が下がりそれにともなってネガティブな感情が生じる。

しかし、自分のプライドを傷つけた人が勝手に不幸になってくれたら、自分の方がマシと思うわけです。

これを、下方比較といいます。下方比較では自分より劣った人がいることで安心感が生じます。なので、自分の自己評価を引き下げた人が不幸になると、傷ついたプライドが癒されて嬉しくなると考えられているのです。

 

恨みの場合、それが逆恨みであったとしても、自分が不当に傷つけられたと強く主張できるが、妬みの場合はあくまで自分と相手を勝手に比べて相手の方が優れているのが不公平だとごねているにすぎない。

私たちは己の非力さを認めたくがないタメに、嫌味を言ったり誰かを傷つけてしまいます。

 

☆妬みにあやつられないために。☆

こんなに頑張っているのに、全くみとめて認めてもらえない、何をやっても評価されないのに、あいつばかり評価される…

このような人たちは妬みを拗らせて、恨みに変える負のスパイラルに陥っているようにみえてしまいます。

 

妬ましい気持ちになった時は、少し深呼吸して、自分が何を妬んでいるのか、誰を恨んで見るのか考えること。

 

自覚できるようになった妬みの感情を脇に置いて、目の前にあること、やるべき仕事に没頭する。

妬みから目を背けることなく、距離を置けば名伏しがたい感情に振り回されずに済みます。

妬みに囚われてしまうと、不用意に他者を恨むことにも繋がりません。

自分を冷静に眺めている「もう1人の自分」の力を借りること。

まずは妬みの感情を抱いている自分を、自分自身でしっかりと受け止めてあげる。

 

妬ましいと誰にも言えずに悶々としているくらいなら、羨ましいと断言する。

つまり悪質な妬みではなく、良質妬みなのだと強調する。

良性的な妬みにはポジティブな効果があると研究結果があるので、羨ましいと思うことで、様々の作業が捗る可能性が期待できる。

 

良質妬みは、相手の幸福が相応しいものだと認めることから始まる。

他人を認めてから、自分を激励する、そんな心の余裕を持てるかどうかが大事。

 

やり方さえ工夫すれば、妬みは、自分の足元を見つめ直す機会を提供してくれる感情に生まれ変わります。

自分ではコントロールできない意思決定や運命に惑わされるのは、貴重な時間を浪費するだけです。

欲しいものに手が届かなかった自分は、全てを失ったわけではありません。

 

失ったような気がしているだけで、これから新たに何かを得ようとするきっかけを与えてくれるのが妬みという感情なのです。

 

 妬みと嫉妬の違い

☆『妬み』は、自分が持っていない何らかの好ましい価値のあるものを自分以外の誰かが持っていて、それを自分も手に入れたいと願う時、その相手に対して生じる不快な感情のこと。

 

『嫉妬』は自分の持っている価値のあるものを自分以外の誰かが持っておらず、それをその誰かが奪いにやってくるのではないかという可能性があるとき、その相手を排除したいと願う不快な感情。

 

あの人の持っている特別なものを私は持っていない、特別ではない自分は取り残されてしまうかもしれない、不安だと感じれば、これは『嫉妬』に分類される

今自分の位置が誰かによって、損なわれるかもしれない、という不快感がソレ。

 

 

妬みの感情をコントロールすること。

あの人が妬ましい、だからあの人のようになれるように、自分も頑張ろう。

強い妬みを感じると頭に血が上ったりドキドキしたりすることがあるかもしれないが、それは前部帯状回が関わっていると考えることができる。

 

妬みの感情が強ければ強いほど、相手が不幸な目にあった時の喜びもひとしお、というわけです。

 

妬みの感情をコントロールする力をつけるには、妬みを感じている自分をトレーニングすることが大切。

妬み感情は人間なら誰しもがもつ自然な感情である、ということを思い出す。

自分を客観的に見るという視点を自分のなかで 養う。

何故妬みが起きたのかを分析し、自分の本当の目的は何だったのか、本当はなにがしたかったのかを知る。

 

 

人は、因果応報を信じています。

だからこそ、悪いことをした人が不幸になるドラマを観てスッキリする。

 

私たちはいつでも心に余裕をもって生活できているわけではありません。

常に何らかのトラブルや心配事を抱えています。

自分が苦しい状況にあったり、劣等感に苛まれていたりするときに、自分と同じくらい不幸か、もしくはより一層の不幸な人とべると気持ちが楽になったり、元気になれるというもの。(下方比較という)

 

私たちは多かれ少なかれ、不公平な状況には怒りを覚えます。

相手の行為がアンフェアだとみなされると、怒りが沸々と湧いてくるものです。

 

自分だけでなくみんなも怒っている、個人の心に生まれた怒りが支持されたわけなのではっきり表明できる。

ネガティブ感情を共有することで正当化させようとしている。

 

★クレーム心理

曖昧な正義に基づいて誰かを恨んだり妬んだりするのが人間の性。

それは時として自分のプライドを維持することに役立ちますが、権利を振りかざし正義に魅了されると私たちは容易く感情に操られてしまいます。

自分がこだわる正しさに理解を示し、苦しい気持ちを受け止めてくれる愛すべき他者を求めるのが大切です。

 

 

 

☆何故、既読スルーを許せないのか

自分が侮辱されたと感じるから。相手からの返事を期待してその通りにならないと感情が崩れてしまう。返信がないことによって、傷つけられたと感じ、その相手を恨んでしまう。途切れない、途切れることをよしとしないコミュニケーションを強いられている。

 

 

 嫉妬心が強くなるのは、その相手との関係を大切に思っているから。しかし、悪くいえば、依存しすぎているその相手との関係をこだわっている。

嫉妬深い人は、誰かにすがりすぎる傾向にある。

 

特定の関係にすがっているということは、言い換えれば相手に期待をよせている。

自分がこれだけ愛しているのだから、相手からも同じくらい、愛して欲しい。自分だけを観て欲しい…など期待はさまざま。

そのため、相手から自分の思っていた通りのレスポンスがなければ不愉快な気持ちになる。

自分にとって大事な相手だから嫉妬する

何事も適切さが肝心です。すぎた嫉妬は相手も自分も追い詰めることになる。

 

相手が期待通りにならないと攻撃するというのは、裏を返せば相手との関係を重視しているということ。甘えや依存といったほうが適切かもしれませんが、相手を大切に思っていることにはかわりはない。

 

 

嫉妬を恨みに変えないためにも相手と話し合って今後の関係を考える。

 

 

★★ストーキングが止まらない★★

 

①確固たる心理的動機があり、正当性を妄想的に信じ込んでいる。

②相手を一方的に追い詰め、迷惑をかけて苦しんでいることを自覚しながらも、相手に好意を持たれる望みをかけている。

③その望みが絶たれた時、心のバランスは憎しみに反転し、自殺または相手を殺害することもある。

 

原動力はなにか

→こんな自分がふられるなんてありえない、自分を裏切った相手がどうしても許せないといった被害者意識。

何故自分を傷つけるのか、なぜ別れたいと思うのかと相手を責め続け相手に何らかの回答を要求し続ける執念深さもある。

被害者意識によって、恨みが生まれ執念深さによって、恨みが育まれる。

自分が加害者になっている感覚も鈍っていく。

 

 

他者を批判的に見る人は、プライドが高いと同時に傷つきやすい。

自分の考えや立場を正当化させ、自分の中の正義を盾にして相手を批判し続けます。道義的責任を持ち出して相手に求め続ける。

 

人間関係は他人を思い通りに動かせるかどうかにかかっている。

他者をコントロールしすぎようと無理強いすればうまくいかなくなる。

嫉妬は他人が自分の期待に沿ってくれなかったことを自分に知らせるシグナル。

嫉妬をこじらせて恨みに変えるのも嫉妬からの関係を見つめ直すチャンスとするのも、それは私たちが抱える感情の付き合い方のひとつで決まる。

 

自尊感情の低さが問題にならなくなれば、ネガティブ感情を持つ必要もなくなる。

自尊感情が低くなる原因には、認知のゆがみがあるので、これを修正していくことが有効。みずから豊かであること、自分が尊厳にたる存在であることを認めていくことが、まずは自分の感情コントロールの基本の一歩となる。』

 



ヤンデレのことが深く理解できる本なので、気になった方は是非に。

ヤンデレ成分を深く感じることができ、また自分に対する劣等感や妬みの感情が浮かんだときも、冷静に客観視できる意識を持てるようにはなった気はします(個人的に)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動画作成とミニチュア!



 



ガチャガチャ、それは理性と運と、忍耐が試されるものである。
運がいいものはすぐに掴める。しかしながら、運がないものはひたすら出会えない。
しばし、それは儚くもロマンでもある。回す、ただそれだけに夢中になる。

そして、大人になれば大人買いというロマンが増える
BY、ガチャ狂いのにゃるも

 



みなさん、こんにちは!ストドームツアー始まりましたね!
始まってからツアーまで個人的にはあっという間でした!
私は東京ドーム参戦組です。初SixTONES
とりあえず、今からダイエット&免疫力を高めるため今から筋トレ、がんばりたいと思いまーす(←これは多分やらないものの台詞…)

 

 話は変わってきき湯ガチャ、発売されましたね
私もガチャガチャしてきました。

 





バスクリン2種

きき湯2種

ポーチ1種類。


全種類、コンプリートできませんでした!!
でも、可能な限りは頑張りました!!

被ったら即終了と自分に課してまして、この結果となった次第です。
もっと、お金があれば…!!財力…私にもっと財力があれば・・・!!

今こそ、闇の力(積立預金)に手を出すべきか、否か…

 

 


断捨離に目覚めて以来、極力ものを増やさない縛りを設けており、ミニチュアを買ってなかったので、ガチャ自体ひさしぶりに回したんですがあの当たるか当たらないかのドキドキ感を味わえました。楽しい~。


最近はメルカリなどでもトレードしやすくなりましたし、ガチャガチャコンプリートしやすい時代になりましたねぇ…。
こういうミニチュアグッズ一度買っちゃうとまた集めたくなっちゃうタイプです…。

 

オタクは収集グセがある…。
集めるだけで楽しくて使ってないこと、あるある…。

 

 



うちには、コナンのキャラ、安室さんと赤井さんのねんどろいどがおります!
ねんどろいどというのは、こういうちまっとしたフィギュアのことで、結構腕や手に可動域があり、色々なポーズが取れる優れもの!

 


たかがフィギュア、されどフィギュア。

このねんどろいど、キャラクターが好きという方以外にも、結構絵師様でも持っている方も多いのです~
色々な漫画のキャラのねんどろいどが出ているのに加えて、色々なポーズがとれるので絵師さんもデッサンの模写に使われていたり文章書く時のイメージ保管にもなってくれたり。

人によってはお値段以上な価値ある、人形であります。

(オタクにとって、妄想することのできるものってのは何より大切…)

 

そんなわけで、ねんどろいどと、きき湯のミニチュアでパシャリ。

サイズ感かわいい。


そのままなんか動かせそうだなーと感じたので、STOPMOTIONというアプリを使ってコマドリ動画撮ってみました。

 

www.youtube.com

 

www.youtube.com

こちら。
このアプリ、海外産なのでチュートリアルもざっくりしすぎていて、最初は使えぬ…と思っていたのですが、色々試した結果まぁまぁ動かせるようになりました。


課金したら、消しゴムマジック(背景や手が消す)が使えるみたいなんですけど、そんな課金するほど制作時間が作れないのでマジックなし動画。
どうでしょう。マジックなしにしては、まあまぁな動きをしてるんじゃないですかね(自画自賛


動画作成していたら、もっと色々作りたいなぁと制作意欲が湧いたので、かねてから作ってみたかった黄色い犬も作ってみました。

 



こちら、ダイソーでGETできます羊毛フェルトでございます。

作り方は簡単、ひたすら針で刺していくだけ。

作る時に、モールやクリップを使い手に装着させれば、磁石を使ってフィギュアにものをもたせることも可能です。

 

また機会があれば作りたいと思います~!!

『夜明けのすべて』感想


北斗くん目当てで、小説を購入し映画を見に行った「夜明けのすべて」
素敵な作品だったので、感想を残しておきたいなと思いブログを書くことにしました。
ネタバレ含みますので、嫌な方は恐れ入りますが回れ右をお願いします。

 

Amazon説明より

人生は思っていたよりも厳しい。でも、救いとなる光だってそこら中にある。
ささやかだけれど特別な、生きるのが少し楽になる、全く新しい物語。

映画「夜明けのすべて」
2024年2月公開!

W主演:松村北斗 上白石萌音
監督:三宅唱

PMS(月経前症候群)で感情を抑えられない美紗。パニック障害になり生きがいも気力も失った山添。
友達でも恋人でもないけれど、互いの事情と孤独を知り同志のような気持ちが芽生えた二人は、自分にできることは少なくとも、相手のことは助けられるかもしれないと思うようになり、少しずつ希望を見出していくーー。
人生は苦しいけれど、救いだってある。
そんな二人の奮闘を、温かく、リアルに、ときにユーモラスに描き出し、誰もが抱える暗闇に一筋の光を照らすような心温まる物語。


人生は想像より厳しくて、暗闇はそこら中に転がっていて、するりと舞い込んできたりします。でも、夜明けの向こうにある光を引っ張ってきてくれるものも、そこら中にきっとあるはずだと思いたいです。
いつも本が完成して思うことは、「楽しく読んでもらえることが一番だ」です。その思いは今回も変わりませんが、『夜明けのすべて』を読んでくださった方が、ほっとできる一瞬を味わってくださるのなら、明日を待ち遠しいと思っていただけるなら、幸いです。
瀬尾まいこ

 

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この物語は、パニック障害PMSといった気づかれにくい病気を抱えた男女の物語です。

実は、私も普通に生活することもできるけど、面倒な病気・突発難聴を患ってます。
左耳が、常に絶えることなく、耳鳴りがしています。
(右耳はたまに。

音の大・小はその日によって違いますが、音が途切れることはありません)


私の病気の発症は、コロナ禍初期の2020年2月でした。
ちょうどその時、職場は変わらないものの勤務地が変わり上司も変わって、更に世間もコロナという未知なる流行病が流行ってしまうかもしれないと、緊迫感が漂っていたときでした。


コロナ前までの私は、そこまで人付き合いは得意ではなく交友関係は狭いものの、楽しい時間を共有できる友達はいて。
自分の好きなことは長時間打ち込めるタイプだったので、金融系の資格(FPや簿記)や、心理学の勉強、好きな小説を読んだり書いたり…、ポケモンのとあるソフトではプレイ時間カンストしたり、FEのゲームは1周72時間するであろうゲームを7週以上したり。
喘息やいくつかのアレルギー持ちで、HSPっぽい症状を抱えながらも自分が好きなように過ごしてまして、そんな生活が普通で当たり前だと思っていました。


 それが、ある日、本当になんでもない日を堺にすべてガラリと変わりました。
それまでの自分の見ていた世界が病気が元で大きく姿を変えてしまった。
大げさでしょと言われるかもしれないけれど、私の中では本当に、世界が大きく変わってしまう出来事だったんです。


最初に気づいた時は、鳴り止まず耳元でなり続ける音に、電子機器が壊れたのかも?と、自身の病気の可能性を疑う前に、電子機器を探し回り、部屋中の電気製品の電源を抜きました。

それでも消えなかったので、リラックスの為に、ハーブティーを何杯も飲んでみたり。脳の病気かと焦ってみたり。


私はめんどくさがりやで大雑把な面がありますが、前記にもかいた通り、若干HSPでは?と思うくらい、一部些細なところも気になってしまうタイプで、たとえばアナログの時計の秒針音のカチカチという音すらも気になって眠れなくタイプです。
なので四六時中続く耳鳴りというのは、拷問に近いものでした。

夜に眠れないのに、眠れない。静かなときが一瞬もない。
私の世界に、静寂は訪れない。
得体のしれない他人には聞こえない音が、常に私の耳を支配している。


正直、私はまだ若いと自分で思っています。
結構、大人に思えるかもしれませんが(そんなことはないか)、自然と加齢で耳が遠くなる年代ではありませんし、日本人の平均寿命を考えれば先のほうが長い年齢です。一般的な突発性難聴が出るだろう年代よりまだ、若干若いです。


なのに、このまま、一生この状態が続くのか。

一生、この頭のおかしくなりそうな音と、私は、付き合わなければいけないのか。
静かな部屋で一人ゆっくり珈琲を飲む。
そんななんでもなかったことも、一生私にはできないことになってしまったのか。
考えれば、考えるほど、自分がおかしくなってしまいそうでした。

 

難聴と言っても、耳鳴りがするだけで、音を拾うことができる。
でも、これが病気の入り口でより悪くなってしまったら。
もっと今後体力がなくなって、仕事などまともにできるのか。
浮かんでは消えていく思考は、発症してしばらくはとても前向きなものは浮かびませんでした。

突発性難聴だと診断されてからも、脳の病気かもしれないと2回検査もし、整体などにも通いました。


 耳鳴りがし始めた1ヶ月は、寝るという行為ではなく疲れて気絶して睡眠を取っていた気がします。
だから、あの時の自分は睡眠時間が数時間で、ときには眠れず徹夜のときもあり、とても攻撃的になっていたり、今考えると怖いなぁと思うくらい情緒不安定で一人夜におかしなタイミングで涙が出てしまうこともありました。
未熟だなと思っても、あの頃はとにかくいっぱいいっぱいだったのです。(コロナ禍で、毎日憂鬱なニュースもありましたしね)


早く元の自分に戻したい。
こんな不便は嫌だ、と。
こんなのは自分ではないと。

 

突発性難聴の1番の原因は、“ストレス”だと言われています。
でも、その時考えられるストレスというものが、本当になにもなくて。
突発性難聴になっていることが、ストレスなので根本的解決方法がわからず。
原因となる“なにか”を考えて、盲目的に囚われたり、絶対に治るわけ無いのに藁にも縋る思いで治るらしい薬を飲みまくったこともありました。効く効果あるか怪しすぎる商品も頼んだこともあります。

 


 耳鳴りのせいで、好きだった本を読んでも、ずっと集中し続けることが難しくなり。
当然、何かを考えて“書く”という行為も、耳鳴りが集中力を散らして書きづらくなり。
長時間新幹線に乗っていると、耳鳴りが酷くなり頭痛もするし吐き気もある。

人の話し声が聞き取りづらく、時には耳鳴りでかき消される場合もある。


蝉の鳴き声が、判別できない。

蝉が鳴いているのか私の耳鳴りなのか、この音は私しか聞こえない音なのか。

 

みんなに聞こえない音が聞こえる私は『異常』なのか。

 

私の中にあった、当たり前がガラガラと崩れ去っていきました。
今まで当たり前に出来ていたことができなくなってしまう。
暗いナニカに飲み込まれていくような…、小説の言葉を借りるなら突然私の中に、夜の暗闇に落ちてしまったような、目の前が真っ暗になった瞬間でした。


 病気になってから、“耳”に関することも沢山ネットで調べました。
私は正直、堂本剛くんが突発性難聴になったとニュースで聞いたときは、突発性難聴の理解が深くなく、「大変そう…、音を使っている人だから爆音とかで耳がやられてしまったのかな」とかあくまで、仕事柄の病気だと考えており、今まで耳の病気もなかった、なんなら人の話をよく盗み聞きしていたくらい耳が良かった自分が、耳の病気になってしまうなんて思ってもいませんでした。


病気で、今までのようにできない自分じゃないくらい苛立って、悲しんで、無気力になっていく。
自分でも制御できない、知らない自分になってしまう。

やるべきことも、やれないと諦めてしまう。
そんな未来は、これっぽっちも私の将来思い描いていた設計図にないことでした。

 


 病気を比べてはいけない。他人には他人のわからない部分がある。
夜明けのすべての場面に、全然病気違いますよね?という台詞があり、凄く印象に残っています。
というのも、私も病気になって精神が参っている時、何かと自分の病気と人の事柄を比較していたことがあります。

 

例えば、騒音問題で子供の声にストレスを抱えている人の声を聞いて。
そのストレスを抱えている人にとっては、誰かに愚痴を聞いて少しでも気持ちを楽にしたい、其の人にとっては大きな問題であるでしょうに、「でも、それって私のように永遠には続かないでしょ?夜は眠れているんでしょう。引っ越せば良いのでは」とか。

 

人間関係拗れてどうしようか悩んでいる人に対しても、

「でも、それって自分が環境を変えようと思えば、人間関係なんて簡単に切れるし、人間なんてすぐに忘れていく生き物だし。

ずっと続かないし、逃げ場はどこにでもあるのにどうして永遠に続くと思うの、寝ることもできるならそれでいいじゃない。寝れるだけ幸せなのに、なんでその幸せがわからないのかな」なんて思ったりとか。

 

私の突発性難聴だって、耳が全く聞こえない人から見たら、ちゃんと会話もできるし音も聞こえるし、蝉のような音なんて気にしなければいいだけ、痛みもないし突然襲われる病気でもないからとても軽すぎる病気かもしれない。

もしかしたら、幸せそうに見える部分だって沢山あるのかもしれない。

 

それこそ、常に音楽がなり続けている状態だと思えば良い、コンビニが近くにあり四六時中たむろってワイワイ騒いでいる若者がいると何ら変わらないのと同じである、と。

その人にとって、その悩みがどれだけ重いか辛いか、逃げ出したいかなんて、その人にしかわからない。
そんな簡単な考えさえ浮かぶことなく、誰かと比べてしまうことで、そこで安堵したり苛ついたりしてしまうこともありました。

 

 私は、突発性難聴であることは今の会社には言っていません。(昔の会社は、長かったので気軽に言える環境ではありましたが)

 

今のままであれば言う必要もないかもとも思っています。

耳鳴りで挨拶が聞こえずもしかしたら、スルーしているかもしれないし、聞き返すこともややあって、迷惑かけているかもですがやっぱり気づかれないなら普通に接してほしい部分が大きくて。

病気であること、受け入れなくてはいけないけどあまりこういうプライバシーなことを他人に言いふらしたくない部分は本当に、人によってそれぞれあると思います。

『誰かの負担を和らげるのは、強引に髪を切ったり勝手に告白することなんかじゃない。靴に炭を忍ばせる。そういうことが苦しさを軽減させてくれるのかもしれない』

 

小説にこんな台詞がありますが、まさに私もそう思っていて、「病気だからみんなに知らせるべき」と広め、誰かに優しさを強要するように言うことよりも、ただ聞き返したら、同じ言葉をめんどくさがることなく口にしてくれる、普通にしてくれるけど気にかけてくれる。そんな態度のほうが気が楽で、ありがたいなと感じる人間です。

本当の多様性というのは、ある意味で、他人の考えに染まりすぎず、自分をしっかりと持つということかも。

 

 

 あまりに自分のことを書くと、毎度のごとく脱線し、今回の「夜明けのすべて」の感想とずれてしまうので、映画と小説の話に戻します。

 

今回、映画と小説は若干の違いがありました。
軸となるテーマ、他人を思いやる・誰かのことを少し思うことで、誰かの助けとなれることができる。
とても小さな優しさで、ともすれば見落としてしまいそうな、口に出すほど大きなことはしていないけれど、確かにそれは優しさとして、ぬくもりがあり見えないけれど存在するもの。


ただ見守ること、気にかけてあげること、そう思ってくれるだけでじんわりとした優しさを感じ、少しだけ面倒だった生活の居心地が良くなることもありえる。

そこはどちらも軸で、大切に描かれていました。


個人的に感じた相違点は、小説は病気となって自分が変わってしまったことへの変化と成長部分の場面の魅せ方。


病気になり今までの自分でいられない。
時にできない自分に腹立ち、できない自分の存在価値を考え嫌になり、他人に迷惑をかけてしまう自分を価値のないものと考えることもあるかもしれない。

それが永遠に続き、目の前が真っ暗になり自分が嫌になり他者に攻撃的になる。


けれど、そんな自分でも誰かの助けとなれたり、苦しさを取り除くことはできる。
第一印象最悪な人でも、恋愛感情なく見返りもなく、相手を思い気にかける、情を持ち助け合うことはできる。

変わってしまったことで、できなくなったことが多い。

神様に願っても、劇的なドラマのような奇跡は起きないし、日常は変わらない。

それでも人はそれを受け入れて前に進むことはできる強さを持っている。
欠点が多い、自分にはなんの価値がないと思っても、影で幸せであってほしいと望まれる存在であったり、他人には必要とされる存在にもなれたり。
小説は、そんな自身の成長部分が盛り込まれていたなぁと感じました。

 

 


 映画は、原作になかった「死」や人との繋がり、老いの部分を重点にストーリーを積み重ね淡い色で彩られ作られたのかなと。

(夕日や風などの視覚効果で、日常を表現していた演出はとても綺麗でしたv上白石萌音ちゃんと北斗くんの演技が本当にリアルで、どこかにある日常を切り取った映画のよう)

 

あとは「星」を使った表現技法が特に印象的でした。今、私達が見えている星の光は、地球に届く時いくつかはもう既にこの世に存在しないものであります。
だけれど、もうこの世にはない存在(星)なのに、その星は暗闇で迷っている人の道標になって輝いている。


星は暗い夜空を明るく照らし、綺麗だなと人が夜空を見上げるキッカケとなっている。
その星に、彼の人を重ね、見守ってくれていると変わらない光景に対し心の拠り所にする人だっている。

 

夜空に浮かび上がる星星は常に当たり前のようにそこに存在しうるものだけれど、本当はもう存在しないもので次の星に生まれ変わっていたり少しずつ動いていたり。

一見、変化がないようなものも移り変わっているものがある。

 


 栗田社長と山添くんの上司・渋川さんも、大切な家族がなくなった遺族側として、残された立場としての在り方が物語を膨らませているなあと。
(山添くんが今の仕事を続けると言って渋川さんが涙ぐんで、傍らにいた子供がハンカチを差し出すシーン。


初見では、山添くんが前を向いて成長したから泣いているのかなーっと思っていたんですが、パンフレットを読むと渋川さんは死んでしまった姉の相談に乗れず悩み悔いている人だと書いており、新たな発見もありました。
山添くんの相談に乗っていたのも、自戒の念や後悔で自分も相談に乗ることで、救われていた部分もあったのかなぁとか。


側にいた子供も実の子供ではなく、姉の子供であり血の繋がりはない設定が背景にあり。
これは、女男、老人子供誰であろうと、涙を流している人に対してハンカチを差し出し微笑むことはできるという、メッセージ性なのかなとか。

パンフレット書いてましたが、三宅監督は瀬尾さんの色々な小説を読んで自死によって、亡くなってしまう現実もしっかり描きたいと書かれていました。

栗田社長さんの弟さんのノートのエピソードも、死んだら何も残らないというわけではなく、思い出や優しさは残り続けるし、誰かを動かしその誰かもまた心を動かしていくのかな…と。

 

 初見で見落としていた部分はもう1つあって、藤沢さんと母親のシーン。
舞台挨拶で、上白石萌音ちゃんが冒頭の藤沢さんが雨がかからないようにしてあげるシーンをあげており。

確かに少し自分が濡れても相手も濡れないようにする場面って愛だなぁとか、手編みの手袋も時間を込めて作り上げた其の時間、その時間は見えないものだけれど相手を想う時間に愛を感じるなぁとか、気づくとじんわりとしたぬくもりが散りばめられていたり。

その助けて優しさを与えられる“母親”が、今度は自分が介護状態になり、今度は助けられる側になる比例も多分、人の病気を知ることはできないが自分に対し優しくしてくれたその人を自分も助けることもできるし、好きになることだってできるの例として添えられたのかなと感じました)

 


ある日、突然若いのに病気になってしまうことももちろんある。
それから、ある日、大事な人をなくしてしまうことも、ある日突然悲しみに苛まれる出来事が訪れてしまうこともある。


やんわりとした“老い”を痛感し、できなかったことや楽しめなくなる日がくることも、現実的に起こってしまう。

 

その変化は、自分では変えてしまいたくないと思っても、どうしようもできない抗えないものでもあるわけで。

 自分がどれだけ悲しくて自分の世界がじわじわと壊れて、動けなくなっても、世界は自分を置いてはくれない。
自分は前に進めないのに、世界は自分の心を置き去りにしてどんどん時が進んでしまう。
どうせなら、心だけでなく体も置き去りにしてほしいのに、世界は変わらず、すすんでしまう。

 

そんな時に、人は絶望し暗闇を見たり、時により暗い方へと進んでしまいそうになる。
誰かにとって、楽しいその1日は誰かにとってとても楽しい1日であったり。
光もあれば闇もある。光もあれば闇もあって。

 

言いたいことを言うべきだと言う人もいれば、絶対に秘密にしておきたいと思う人もいて。すべての人が同一に感じることもない。


だから、すべての人を救うことなんてできっこないし、その優しさが届かないことだってある。

ガラリと、できなかったことができるようにするヒーローなんていない。
うまくいかないことも多いし、蔑ろにされることもある。

だけれど、そんな中でも自分でも思いもよらない優しさに守られていたり、時に誰かの救いになったり。
優しさだけに包まれ傲慢になってしまうことも、優しさに気疲れし見返りを求めてしまう人だっている。

すべての人に完璧に寄り添うのは、他人のすべてを理解するのはとても難しく不可能なものである。
それでも、気づかない優しさに触れ、嬉しいなと思える心を持ち合わせていたり
負担にならない程度に、助け合うことができたのなら、辛いなぁと思う部分が少し楽になることもあるのではないか。

 

時に自分が好きになれない自分が現れる時もある。

それでも、夜明けを夢見る権利は誰にもある。


 誰かの優しさが、誰かに響いて、そうやって繋がっていく。
誰か一方が負担を背負いすぎることもなく、困ったら支えたり会話をし気にかけてあげたり。
無理やり変化を追い求めるよりも、その人のペースを大切にして、歩み寄って見守る。


そういう気持ちが広がると、少し世界は生きやすくなったりするのかもしれない。

誰かの夜が、いつしかあける日だってくるのかもしれない。

 


ーーー夜明けのすべてを読んで。

 

今年の目標は、色々あります。

新年、あけましておめでとうございます。

今年も、よろしくお願いします。

 

 

…どうも、こんにちは。にゃるもです。

あっという間に、2月ですね。皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

私は転職したばかりの職場に、1月は翻弄され心身ともにぐったりしておりました。

わたくし、ここ数年はずっとシフト制のお仕事だったんで久しぶりに土日祝休みの職場についているんですが、5連勤って忍耐の修行と思えるくらい精神的に疲れてしまい。

休日はとにかくダラダラして、ブログもかけず。

本も読めず、ネットサーフィンにあけてくれていました。

あまりに現実逃避が楽しくて、木曜日あたりを必死に脳内が金曜日だと思いこむこと、数回ありました。(休み恋しすぎ症候群)

シフト制のときはサザエさん症候群なんてなかったのに…サザエさんを見て、消えゆく休日に思いを馳せてしんみりしてみたり…(←しんみりの表現、たぶん違う)

 

木曜日って、きっと週の中で疲れてしまうランキング上位に入っているし、嫌いな曜日ランキング上位3位に入っていると確信めいております(←木曜日の厄介アンチ過激論者)

今からこれだとほんと、GW怖さしかないんですけど…。

コナンの映画もあるし、燃え尽き症候群になる未来しか見えないんですけど…。

 

ただ、新しい職場は勤務時間的に前の職場より短く、また、長年ぷち副業としてやっていたアンケートサイトが使えなくなってしまったので今年は少し、時間があるのです。

その時間を使って、オタ活やら目標に向かって頑張りたい所…。

 

とにかく好きなもの以外、「めんどくさい」で片付け、ぐでたまの化身のような性格をしているので、今年は少しでもめんどくさいを減らせるよう…真人間になりたいと思います。

 

 

土日も、朝日とともにおき、おしゃれな音楽を聞きながらcoffee片手にブログを書く。

そう、けして新聞を見ながら野球の試合結果を見てイライラしない。

今日の占いのキーアイテムが激むずアイテム過ぎて、これ絶対今日中に揃えるの無理だしかぐや姫じゃないんだよなんて、的外れたツッコミもしない。

X見ているだけで2時間時間を消さない。

潔くかっこよく明日からは誰もが振り向く女になる

そういうひとに、私はなりたい。

 

↓唐突なるBGM・ウテナ

www.youtube.com

 

 

 

 そんなわけで…今年最初に読んだ本についてのご紹介です。

今年は、今のところ『推し短歌入門』と、『よあけのすべて』読破しました!

 

推し短歌本で面白かったところを簡単にピックアップしますと。

オタクにとって『一字や一単語で騒げる能力。』それはとても大切なものなの。

才能は開花させるもの、センスは磨くもの。

冷静さを書くそのものが、爆発的な想像力をつれてくることがある。

 

ここらへん、将来有望な文芸オタクを育てる上で大事なポイントだなと(←オタクを育てるな)

 

 

あとは、物事を書く上で自分を客観視した視点と、フォーカスしたい伝えたい部分を抽出していく視点、どちらかによってしまいそうになりますが、そういった技を匠に操れるようになると説得力ある文章も書くことができるなと。

私はすぐ脱線してしまうので…。

 

 

人やものにどうしようもなく心が動かされることを完全に制御できたら、世界が整うが、それはつまらない世界になる。

自罰的になりすぎず、盲目的になったりしない。
技術を磨くこと、情熱的に考えることは両立する。

相手と意見が違うなと思ったら対立するのではなく、価値観が違うと割り切る。

わからないことを面白がる。御曹司マインドで理解できないことを頭から否定する前に、「おもしれぇ女」マインドで受けて立つ。


・耳を貸しても魂貸すな
平等に耳を傾けてもいい。自分の意見を伝えるだけでいうことを聞かせてはいけないし、無理に自分を曲げる必要もない。

 

今後は、AI社会で文章まで作れちゃう時代。

並大抵のことであれば、AIの方がニンゲンよりも出来てしまうようになるかもしれない。

そんな時、AIに負けないものはなんぞやと考えたときに、いかに感情を揺さぶるものが書けるか。

情に語りかけるようなものを、無機質ではない、温度のあるものを届けられるかがクリエイターの腕の見せどころなのではないかなと感じています。

 

 

機会があったら本書に書かれていた

コンヴァージェンス・カルチャー ファンとメディアがつくる参加型文化
アイドルについて葛藤しながら考えてみた
推しの科学 プロジェクション・サイエンスとは何か
オシの文化論 BTSから世界に繋がる

 

このあたりも機会があったら読んでみたいです…。

 

 

明日は上映中の「よあけのすべて」を見る予定です。

楽しみーーー!

 

 

2023年を振り返ってみる。今年もお疲れ様でした><

もくじ

 

デジタル人間でもあり、アナログ人間でもある、そんな私は手帳がお好き

 

 さて、残すところ今年も僅かになってまいりました。

皆様、今年、やり直したことはありませんか~?今年の汚れは今年のうちに。

今年の後悔は今年に置き去り、今年のやりたいことは来年に持ち越して。

やりたいこと、やってますか~?やってませんか。そうですか・・・(笑)

 

 

 私はこの時期になると、毎年、手帳で1年を振り返る作業をしています。

アナログの手帳と日記、あとデジタルではOneNoteに記録を残しているので、3媒体を大まかに12月にまとめて見返したり、自分の1年棚卸し作業時間を設けています。

 

 

自分でいうのもなんですがわたくし、超適当人間なんで、日記かかない日なんてざらですし、まっさらなページも多いですし、自分でも解読不能な文章を残してます。

…が、基本好きなことややりたいことをやるために記録として書いているので、振り返る作業は、だいぶ楽しい作業です。

 

自分が成し遂げたことを再確認し、できなかったことは原因を探ったり別の視点で考えてみる。

1年は早いけど以外に努力していた自分をきちんと形として見れたり深刻に悩んでいた話しも、数年後にみたら克服できていたり気づかなかったところも手帳を書くことで見えてくる。

 

日記って、義務感が続くと続けられないけど、楽しいことを重視して書くと、その行為自体が凄く楽しく、気持ちも浮上しストレス発散になったり、自分が何を思ってどう行動したいのか、頭の中で浮かんでは消えていった思考もまとめられる気がして、数年前から手帳・日記愛好家となってます。

ってわけで、私の手帳もこの1年はSixTONES推し活で結構埋まりました~。

 

 これは、私の1月の手帳。

すずめの戸締まり芹沢本配布、1月だったんですね。

もう遠い昔のことのように思えてきた…。

(わざわざ手帳に書いているにも関わらず、実際は風邪ひいて貰えなかった闇に消し去った記憶が蘇って…ry)

 

 手帳は3年位?ずっと未来手帳を使っています。

 

この手帳、目標ややりたいことリスト、やめたいことリスト、年間ゴールリスト、貯金リストなど冒頭に書くページがあり、毎日のページに時間とTODOリスト、1週間の目標など書ける項目があります。

 

未来手帳の説明いわく、「最初に目標を設定すると潜在意識がそこに向かって動きたくなる」という脳の習性を利用し自分の願いを叶えやすくなる…という手帳なわけです。

 

 このやりたいことリストなんですが、お金や時間などの制約問題はひとまず置いておいて、とにかく叶えたい夢を羅列していくというもの!

時間やお金がないからって、知らず知らずのうちに諦めて脳みそから追い出していた考えも、とりあえず書き記しておく。

そうすると、自然と諦めていたものや自分の気づかない癖なども浮き彫りになってくるのです。

 

 

ちなみに、私は今年は

SixTONESのライブ行く

髙地くんの舞台見に行く

京都旅行に行く

花鳥園にいく

箱根旅行に行く

小説完結させる

 

 

などなど書いてました。

半分くらい実行できたと思います…!

行動力皆無な人間なので、まあまあ手帳に助けられた部分はあります。

ほんとーに、スイッチ入れないとひたすら漫画読んで1日を終わらせるタイプなので…ーーー。

あと、勢いのままに考えず行動してしまうことも多いので…。

 

アナログ手帳のもうひとついいところは、思考が分散しないこと。

デジタルは便利な半面、すぐに別思考が浮かび上がり、やりたいことがいつの間にか消え去ってネットサーフィンしてしまうので…ーーー。

誘惑に抗うには、そもそも誘惑がこない環境を作ってしまうことが大切だなと。

 

 

 ちなみに、目標逆算手帳なので、タイムスケジュールもTODOが上の方に書いてあって、1日このタスクだけはやらねば!という使命感が湧いてきて後回しにしていたTODOリストも消化できるようになります。

 

 日記は手帳に書けなかった1日の記録とか愚痴とかメモ用に、書いたり書かなかったり。

今日のご飯とか、SixTONESのライブレポメモとかその日行ったお店のこととか、他愛無いことを書いてます。

 

そして、地味にオタ活のお供になるOneNote

(みんな他のメモアプリ使っているかな?OneNoteスマホでもPCでも使えるメモアプリです。検索できるのでメモアプリって結構便利です)

 

デジタルデバイスのいいところは、検索やコピーなど簡単なところ!

とっちらかったデジタルデバイス情報をペタペタはりまくり、自分でまとめたいときまとめる。振り返りたいときや浸りたい時は、見返せるのです!

 

ページ内検索もできるので、たとえば自分で書いた文章読み返しもできますし、サイトの魚拓?のようなこともできますし、好きな記事なんかもここでまとめて後日読み返して思い出に浸ることも可能なのです!

 

ブログのネタとかレポとか、まとまりのない文章もとりあえず放り投げて、暇なとき調理という名の執筆やらレポも書けます。

 

こんな感じ。

 



 

TwitterとかYou Tubeも、そのまま残せて貼り付け元URLまで自動でくっついてくるので、スクショ元の記事に飛びたいのにURLわからない…ってことも防げますv

なんか自分で見返すように全部動画ひとまとめに整理したい人などにおすすめ。

 

ついでに、Xアプリもなんか文章を纏めたいメモに重宝してます。

 

(自分の過去のポスト検索もこの検索で可能)

 

 

っと、これ以上私の記録媒体纏め術を書いても話が脱線してしまうので、今回のブログテーマ「オタクの今年1年振り返り」に戻します。

 

 

 

とりあえず振り返った結果、そこは心に飾られた永遠に色褪せないドライフラワーのような日々があった

 

秒速★黒歴史メーカーな私。

改めてブログの記事用に、Xと日記・手帳を振り返ってみるのですが…

大半、わりと酷い。

真面目に書いているのか、冗談で書いているのか自分でも判断ができない文章もあり、私これ羞恥プレイを楽しんでいるのか…?と自分でも理解しがたいコメントに、ツッコミいれつつ。

 

SixTONESの関連、全然全部追えていませんが、とりあえず私が記録として残しているところだけ書いてみます…。

人様にとってビックイベントも私は書いていなかったりするのでご了承を…!話し半分にきいて頂けましたら、幸いです!(箱推しですが、髙地くん関連多めのポストになってます)

 

 

1月~

人人人プレイリスト公開

TOKIOカケル(5人出演)

ドラマ・ハマる男に蹴りたい女放送

髙地くんソロキャン動画がアップされる。

広島、福岡ライブ

髙地くんのぴあの温泉本が、とてもいい。

声を出せたライブ。

 

 

 

 

1月1日に、SONYさんが、突然バンドのような画像をあげてのポスト。SixTONESバンドっていうタグもファンが作ってました

てっきりどこかのバンドとコラボなのかなーと思いきや、隠されていた人人人解禁でテンションあがった思い出

なお、私の中での過去一は毎度更新されるものとする。

 

 

 

この日、謎のつぶやきを残しているが横アリで台詞MCなんてなかったはずなのでなんでそうなったか、自分で自分がわからない。

まるで、僕が僕じゃないみたいだ

 

 

何様だと言われるかもしれないけど、JGR見返すとほんとトークテンポが良くなってる(私印象)トーク被せがなくなって、対話が多くなって見ていて楽しい~と思っての呟き。なんとなくそんな気がするので、気になった方は見返してください><

 

 

 

古代・ギリシア哲学者アリストテレスの名言にこんな言葉があります。

「神すら過去を改めることはできない」

ピザは畳んで食わない、そこに意味がある。

 

なお、学会への発表は検証結果の確実性を求めるため、今後10年間を考えてからとする。

 

 

 

焼きそばヘアーの髙地くんも味があっていいと思います。

焼きそばヘアーは、声のDVD初回盤(横アリ)で堪能できます。

横アリのときのジェシーかっこよすぎて、毎度惚れる…。

ずっと、コロナ禍で声出せないライブであったけど、今年から解禁したんだなぁ。

 

 

 

 

 

この頃の雑誌の髙地くんのビジュアルが好きで、雑誌を買い漁ってました。

♪若かったあの頃~、なにも怖くなかった~。ただ、財布の残高がー怖かった(by神田川

 

 

 

 

ゆごあし1000日目。

この頃はゆごあし足跡何歩目かブログに書かれておらず、ファンの方がカウントしておめでとうポスト拡散してくれてました。ファンの方の愛を感じる…。

 

 

 

 

2月

ヒルナンデス

ストグラムの髙地くんと北斗くんがめちゃくちゃ可愛い。にゃんこ。

バレンタインチョコを作る髙地くん

愛知ライブ

 

 

 

 

 

 

 

 

急にこの世の真理を話し出すオタク。

きっと、2月の甘い雰囲気が私を狂わせたのね…。

 

 

 

 

 

 

どこかで見かけた髙地くんの魅力ブログ、とっても感動する出来栄えで髙地くんの知らなかった魅力に沼ってより好きになったんですが、今どれだけ探してもそのブログが見当たらないんです。

もしかしたら、あれは私がみた幻だったのかもしれませんね(んなことはない)

 

3月

ゆごじぇ旅行ラジオ

WESTTUBEに樹くん

少クラ最終回

WBC日本優勝

ヒルナンデス

 

 

 

みっちーの映画に出ていたときから、琴音ちゃんファンなわたし。京本くんの映画は青天の霹靂。

京本くんとの映画、いえない秘密、楽しみ!

 

 

 

少クラ…良かった。スノスト最終回、見れてよかった

 

 

おすすめ機能ができたのは3月からでした。みなさん覚えてましたか~?

 

 

4月

バレロ発売

京セラ・東京ドームライブ

慎太郎くんのanan表紙発売

だが、情熱はあるスタート

ゆごあしブログリニューアル

髙地優吾1DAYラジオ生出演

ニューヨークの入浴旅という番組が良かった。

 

 

 

 

 

5月

スト結成8年、ゆごあし3周年

ヒルナンデスとラヴィット

9ます鬼ごっこ

髙地くん、シガーボックスを成功させる。

Reebokコラボ

ぐるないの「はいよれ、こっくりさん」の髙地くんのコスプレがかわいい

TutuluとFireworksプレイリスト公開

横浜Walker髙地くん表紙

 

 

 

 

 

 

にゃるもちゃん、あなた疲れているのよ。と思える5月だった…。

趣味で株やってますが、初めて-45%見ました。資産半額って怖い…

(といいながら、今年は株で設けたのでやめません←ギャンブラー思考)

 

 

 

私へ。

字幕、つきました。

 

 

ラヴィットの髙地くん、可愛かった…SOキュート。。

 

 

 

 

私はこれで大人の階段を5段飛びしました。歌が私を大人にしました。

 

 

6月

髙地くんの舞台

DayDayとCDTVとMステのこっから披露

髙地くんのソロキャン100万回再生

 

 

 

歌詞が完璧すぎるよね…。(しみじみ)

 

 

最近は髙地くんの「自分が嫌にならないの」を脳内で思い浮かべ鼓舞し自分を律するファンもいるとかいないとか…。

推しの言葉は偉大。

 

 

 

 

あれから、数ヶ月。

私、12月で転職しているので人生、なにが起こるかわかりません…。

人生、まさかの連続

 

均等の愛なんてもうとうにない!

無理に誰かを愛そうなんて無理無理無理無理
この愛の重さは超ド級 ちょうどよくなんて考えじゃダメージダメージ!
今高鳴る胸冷静に 君に届けよ決心のメッセージ!←推し愛が強すぎてアンリーになった友達に私が贈る言葉

 

→想いを紡いだ言葉まで 影を背負わすのならば

見てるだけ物言わぬ壁になりたい 誰にも邪魔をされずに ライブ行けたらいいのに

明日仕事など忘れさせて

諦めてライブ参戦 淡い期待は私を切り裂くだけ

事務所に伝えて…寂しい…会いたい…寂しい

 

 

何故か6月は私、替え歌ブームだったようです。

 

 

 

この月、私異様に角刈りについてポストしてました。

私の中で角刈り月間だったようです

 

 

 

 

7月

ノギドア

THEMusicDAY、はじめてのお使いの髙地くんが可愛い。

長濱さん、6月で番組Pを卒業

樹くんがピカピカの爪の話をラジオでして、インスタで爪画像があがる。

ロートの目薬

ヒルナンデス

 

 

 

数字の具体例出すのに困ったとき、円周率を書くオタク

 

 

「ah ah ah ah 京都行っちゃったんだ たぶん 気づいてないでしょう? 星の夜 願い込めて CHE.R.RY」 ←私が配達員だったら歌ってる。

 

 

こうして、この世にまた一つとけないミステリーが生まれた。

 

 

 

マジカルこーち、おすすめトレンドにあがってましたね。みんな可愛いエンドレスしてましたね…えぇ。ぇぇ…。

平和なトレンドだった。

 

 

8月

鳥人間コンテスト

きき湯

リボルバー・リリー

G男

ストチュでソロ曲が公開される。

 

 

 

これがオタクの宿命…。

ちなみに私、二次元オタクでもあるので、好きな小説が枯渇している時は自給自足(二次創作)してます。なければ生み出していく精神。

 

9月

CREEK発売

こっから1億回

 

 

10月

髙地くん大阪舞台

ジャニーズがなくなる

単身花火

ヒルナンデス

キリエの歌

ラーメンWalkerの髙地くんの特集が可愛かった。

しん旅

MUSIC INME100万回再生

 

 

 

雑すぎるだろ。

 

 

この時のにゃるも氏も、お金はなかった。

ただ、情熱はある。それだけが彼女のすべてだった。

 

 

キリエの歌、ほんと画がきれいだったなぁ…。キレイな繊細なお話でした。

 

 

 

創作をしているので知っているの。サーバーがいつの間にか消えている恐ろしさ。私が時間かけて作ったものが消え去る其の瞬間を…。

 

 

11月

きょもゆごannann表紙

Reebok冬モデル発売

 

 

 

とても、良かったです…。SixTONESにはまらなければ、おそらく縁がなかったananさま…

 

 

わたくし、今期、単身花火にだいぶハマってました。

樹くんのキャラ、面白くて好き。

 

 

 

12月

ベストアーティスト

横浜Walker

ドーム発表

 

ドラマ感想とかスラスラ書ける、そういうひとに、わたしはなりたい(雨ニモマケズ、カゼニモマケズ)

 

 

 

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ってことで、1年間ざっと振り返ってみました。

後半疲れて雑になりましたが、振り返るとまぁ、色々ありましたね。

怒涛な日々で、モヤモヤした日もあり人生って深いし人間の多種性を感じた1年でした。

 

 

色々なオタクをしていて常に思うのが、『他人は他人』そして、『自分の生き方は自分で決めろ』ということ。

 当たり前のような日常は、全然当たり前ではなくてある日突然消え去ってしまうかもしれない不確かなもの。

 

人は強い言葉、決めつけなどで自分が抱いていたものを揺るぎそうになりますが、はたして本当にそうなんだろうか?と常に考え、自分にとって何が本当に大切か、AI時代で色々な情報が入ってくる今は見極めが大事になってくるかもしれないですね。

 

とにかく一つひとつを片付けて、前進する。

 

色々あった2023年、その経験をもとに、

貴方も、私も、良い年が迎えられますように。

 

 

今年1年ありがとうございました。

来年もよろしくお願いします!!

 

 

 

 

追伸①

昨日、ロマンス辞典というものを買いました。

ブログの目次や記事がロマンチックなのはそのせいです(ラストまで読むつもりもなかったのに最後まで読んでしまった貴方は、きっとロマンス辞典大好きだと思います)

 

追伸②

X(Twitter)などやられている方も、1年どんなつぶやきしていたか振り返りなどいかがでしょうか。

from:@ユーザー名 since:2023-12-01 until:2023-12-29 で出てきますので、特別な日など振り返ってみては…!